忘れたくはない、しかし思い出されたくはない

ハプニングに対するその反応こそが原爆が残した深い傷が強いタブーとして根付いていることを如実に示していると思う。「夕凪の街 桜の国」はもちろん、今年の夏に広島市現代美術館で展示された石内都の「ひろしま」展もそうだと思うのだけど、物語という枠組みに収めることで、少し距離を持たないとまだ受け止めることができないということなのかもしれない。ハプニングに対して起きたことは、自分たちで制御できない形で外部から想起させられてしまったための反応ではないか。まあ、一般的にはそれを無神経と呼ぶわけですが。
http://news.goo.ne.jp/article/chugoku/region/Tn200810250051.html