漁船と女学生

先日の漁船事故に関して、やはり「よけない方が悪い」という論調のブログを見つける。善し悪しを決める以上、どちらかが善くてどちらかが悪いという話になってしまうのだけど、その論拠をどこに求めるか、というのは先日の沖縄の事件と同じ構造を持っている。現実的に対応するのであれば、「被害者が悪い」という話におちてしまうが、被害者だけが損をこうむるような制度の中で暮らしたくはない。法に論拠し、理想を求めるだけで現実的な対応を忘れるべきではないし、現実的に対応するだけに終始して理想を忘れるべきでもないと思うのだけれども。たぶん、一番悪いのは単純な善者・悪者の二項対立の構図に押し込んでしまうことなのだろう。